祖母と母をつなぐ旅(調査編)

以前のブログで
●勝裕家の家系図を作成したこと
●母方の祖母が10歳の時、朝鮮から富山県西礪波郡埴生村蓮沼に養子にきていたこと
●母が小さい頃、祖母に連れられてそこに墓参りに行ってたこと
●母が「もう一回そこに行ってみたいな」とつぶやいたこと
を書きました。

2ヶ月前のブログ
65年前に想いを馳せて
https://egaosouzoku.support/2021/04/21/nikotuu/

ということで、先日富山県砺波市の法務局に行ってきました。
窓口の年配の男性、とても親身に教えてくれました。

奥の書庫に何度も行き来して出てきたのがこちら。
和紙の公図です。こんなの初めて見ました!

んん~、さっぱり分かりません。。。
これは当時の地図。この後、土地の区画整理を行うために、換地処分というのがおこなわれていて・・・
つまり、現在の住宅地図と見比べて道路や家の場所が同じではない。ということ。

宝探しのようでワクワクしてきた僕は、母に電話。
「近くに目印なかった?川とか山とか神社とか?」
「お母さんが小学校低学年の頃やしね、ぜんぜん覚えてないわ~。そんなに遠くないところに山があったような」

それだけじゃなかなか絞れないな~、と思いながら先日近くまで行ったので蓮沼地区に車を走らせてみると・・・
エリアがそんなに広くない。昔ながらの家が点在している程度。墓地もある。もしかしてこの辺りか・・・

祖母が子供の頃、住んでいた場所に近づいてきた予感♩
母の心の中で当時の記憶と繋がることができたなら、ご先祖様がより近く感じられる気がします。
近いうちに母と叔母を連れて行ってみよう。
続く・・・

家系図作成依頼はこちらから
https://egaosouzoku.support/kakeizu/

この記事を書いた人

勝裕彰

富山の相続シーンが、より温かいものになりますよう、
相続コンサルタントとして、えがお相続のサポート役を担っていきます。