祖母と母をつなぐ旅(60年ぶりに蓮沼の地へ)

勝裕 彰
勝裕 彰
初めまして。

合同会社えがお相続サポート代表の 勝裕 彰(かつひろ あきら)です。

前話までのあらすじ

昨年、僕の両親の直系を遡る家系図を作成しました。

完成した家系図を見ていた母がボソッと呟きました。
「子供の頃、おばあちゃん(母親)に連れられて行った富山の石動(いするぎ)の方のお墓、おばあちゃんが小さい頃に住んでいた場所、もう一回見てみたいなぁ」

そこから始まった「祖母と母をつなぐ旅」、前話では、法務局に行って和紙の公図を出してもらったところまで。さて、その後のことを書いてみます。

祖母と母をつなぐ旅 6月30日決行

午前10時、母と叔母と砺波インター近くのユニー駐車場で待ち合わせ。まずは車内ミーティング。

■今までに分かっていること
・おばあちゃんに連れられて来た時、石動駅(いするぎ)で汽車を下りていた
・祖母の口から「蓮沼」という地名がよく出ていた
・大きな墓地ではなく、3つぐらいのお墓が並んでいて、そこに手を合わせていた
・家とお墓のある場所が丘のようなところだった
・家の前が砂利道だった

昭和30年代の石動駅

■手元にある資料
・現在の小矢部市蓮沼の住宅地図(土地改良があり、全く参考にならない)
・明治11年作成の西礪波郡埴生村蓮沼の和紙公図
・地番の記載のある除籍謄本

少しワクワクしながら、いざ出発!

結果・・・何も分かりませんでした。
なにぶんにも母、叔母ともにうろ覚えなので、ピンとくる場所がなくって。
同じところを3周も4周もしたかな。

小一時間ほど車で回った後、砺波に戻りランチタイム。
「令和と明治の間の地図を見てみたいよね」
でスマホで調べると、過去の地図が図書館で保管されていることが判明。

図書館でさらなる調査

母と別れた後、富山県立図書館へ直行。
現存する最も古い小矢部市の住宅地図は昭和46年でした。
そんな昔のが保管されていることにビックリ!

昭和46年版を見ていて新たな発見が!
昭和47年に廃線にまるまで「加越鉄道」が石動から庄川まで走っていたのです。

加越線 昭和47年に廃線

さらに想いを馳せて

南石動駅が蓮沼にある!ということは、もしかしたら石動駅で加越鉄道に乗り換えて蓮沼まで来たのかなぁと想像してみたり。祖母の旧姓(養子に行った先の姓)も何軒かある。今度訪ねてみようかな。

この後できることといえば、蓮沼に住んでいる70才以上の方に聞いてまわるか、
図書館などで当時の記録(そんなのあるかな?)を調べるか、
探偵ナイトスクープに依頼をするか(笑)

母との時間で得たもの、そして最終回へ

今日一日で記憶にある場所に立つことはできなかったけど、60年前に想いを馳せて会話をしている母と叔母を見ているだけで、誘ってみてよかったと思いました。

簡単に分からないからこそなんとかして見つけ出したいのですが、集中調査は一旦ここまで。
仕事の合間にマイペースで続けていこうっと。
いつかまたご報告出来たら・・・

と、にこ通では結んだのですが、実はこの後、急展開があったのです。

続きは次回「祖母と母をつなぐ旅 最終回」で。

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この記事を書いた人

勝裕彰

富山の相続シーンが、より温かいものになりますよう、
相続コンサルタントとして、えがお相続のサポート役を担っていきます。