離れて暮らすからこそ大切にしたい「親との時間」

勝裕 彰
勝裕 彰
初めまして。

合同会社えがお相続サポート代表の 勝裕 彰(かつひろ あきら)です。

僕の両親について

僕には81歳の父と74歳の母がいる。

父は自分の決めたことをコツコツ続ける人。
若い頃から毎日のジョギング、最近ではジム通いが日課。体力を維持して今なお山登りを楽しんでいる。
僕が「にこ通」やブログをなんとか継続できているのは、父から譲り受けたものだ。

母は優しい人。いつも穏やかでおおらか。天然なところもあり、その場を和ませてくれる。
僕は母のそんなところを受け継いでいる、と思ったりしている。

今でも2人共に元気でいてくれるのが嬉しい。

キッカケはいつもの電話から

そんな両親と、先日東京へ一泊旅行をした。
目的はただ一つ、東京ドームでのジャイアンツ戦を観ることだ。

6月の初め、電話で母といつものやりとり。

元気?
お父さん今日もジム行った?
おかあは最近は友達とごはんいってる?
最近ジャイアンツ調子上がらないね。

最後は決まってこうだ。
母「お父さん、彰から電話やわ。しゃべる?」
父「なーん、いいわ」
母「いいって言っとるわ 笑」
で電話を切る。いつも通りが心地いい。

いつもと違ったのは、ふと思いついてもう一回かけたこと。電話口の母に

「今度、東京ドーム行ってくるか!?」

母が父に聞いてくれて「おおー、いいなー」で即決まり。

ネットでその日のうちに予約。
昔はプラチナチケットだったけど今は簡単に取れることに驚き。

僕がネット予約した新幹線の号車と座席を母に伝え、母が西金沢駅まで行ってジパング割引で隣の席を購入する。何度か実践しているパターン。

ひとつひとつを噛み締めて

当日、両親が金沢から新幹線に乗り込む。富山で僕が合流すると、両親が予定していた席に座っていた。

号車とシートを合わせる、という親子の共同作戦がうまくいったことに安堵する。

その後のことをまとめると
・新幹線での会話
・東京駅で食べたハンバーグが美味しかった
・東京駅から水道橋まで父の先導で行けた(若い頃東京暮らしが長かった父は今でも乗り換えが頭で分かる)
・東京ドームホテル40階ラウンジでのひととき
・父が試合前に部屋で小眠りしてる間、母と「父の長袖」を買いに行ったこと
・東京ドームに何十年ぶりに入った瞬間の気持ちの高揚感
・ドーム内では現金が一切使えず、「彰と来なかったら飲まず食わずやったね」と笑っていたこと
・選手に声援(時には嘆き)を送る父
・絶好調ヤクルトを相手に勝利でハイタッチ
・ホテルで3人で寝た(僕は補助ベッド)
・食べきれないぐらいの朝食バイキング

全ていい思い出として、胸に刻まれている。

帰路へ

チェックアウトの際、フロントにあった七夕飾りを見つけ、歩いていく父。
せっかくなので親子で書いてみた。

父「巨人軍、昨夜の勝利おめでとう!今夜の健闘も祈っています!」
彰「次回も家族で観戦に来れますように」

父の衰えないジャイアンツ愛(笑)を見て
また来よう!と心に誓った。

弾丸ツアーを終え、帰りの新幹線。
お互いに「楽しかったね」と言いながらしばしの眠り。

富山駅で僕が降り、窓越しに手を振る。
一緒に行けた嬉しさ。
無事に帰ってこれた安堵感。
別れ際の切なさはいつもより大きめ。

その夜、母からラインが届いた。
「彰くん、2日間ありがとう!ハラハラドキドキの試合だったけど、ジャイアンツ勝ったし、お父さんも私も大満足! それにホテルもサービス満点、食事も部屋も居心地良く。でも、彰と一緒に楽しい時間を共有できたことが何より嬉しいことでした、おかげで久しぶりの旅を満喫できました、ありがとうね」
提案して良かったとしみじみ思う。

次の日の夕方、電話をかけた。
僕「昨日は楽しかったね。疲れ出てない?」
母「大丈夫!お父さん今日もジム行ったよ!」
僕「え、マジで?!すごいね!」
母「お父さん、彰から電話、出る?」
父「おー彰か、楽しい旅行をありがとう」

父と電話で喋ったのは久しぶりかも。
そのことが旅をより思い出深いものにしてくれた。



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この記事を書いた人

勝裕彰

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